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いぬのせなか座

座談会 について

 

座談会は、いぬのせなか座が、複数人による、書き直しを含みこんだ長期間の、ばらばらかつ濃密な議論を、最も効率よく行っていくために実践・試行錯誤している、テキスト作成・議論形式です。

参加者は、一定期間、ウェブサービス〈Googleドライブ〉に各々の電子端末を用いてアクセスし、いつ・どこでも、リアルタイムで、そのつどの自らが置かれた環境と接しながら、他の参加者による発言に応答し、自らの過去の発言を書き直し、過去・未来のさまざまな〈私〉と対話しつつ思考しつづけます。

方方を同時に複数人が書き足し、書き進め、書き直していくため、参加者には徐々に大きな負荷がかかっていきますが、それを、言語表現と批評の高密度なないまぜ状態の習慣化(の一方法)として、実践しています。

しかし、もちろん完全に確立されたシステムではなく、今後大幅なアップデートを予定しています。

座談会5 2017/05/21→2017/07/02

  河野聡子『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』に栞=小冊子として収録

    ◯詩(集)にとってデザイン/レイアウトとは何か?

    ◯「ここ」に降り注ぐ過剰なままの従属と、〈見ること〉のチューニングによる共同体

    ◯全体の多元化可能性 統合はどこにあり、あるいはどのように裂かれているのか?

    ◯全体性=《みんな》と個別の〈私が私であること〉の衝突

    ◯詩における物質性とパースペクティヴィズム

    ◯舞台−出演者−観客が形づくるヒト・モノ間の翻訳関係

 

 

座談会4 2017/02/04→2017/04/04

  『座談会4』として刊行

    ◯「Malformed Objects―無数の異なる身体のためのブリコラージュ」をめぐって

    ◯リバースエンジニアリングと「習慣化された身体」

    ◯転用可能性と使用価値

    ◯指示書と新たな主観性の制作

    ◯他者へ自己のように従属する共同体

    ◯汲み尽くせなさを用いた共同制作の手立て

 

 

座談会3 2016/02/27→2016/04/27 

  『いぬのせなか座』2号に収録

    ◯異種との自由研究の可能性/不可能性

    ◯「テキストの手前側の思考」の散策

    ◯デモクラティックな日記としての写生

    ◯重力と俳句、新たな環境としての魂

    ◯ありたちによって作られる身体の外の重力

    ◯内面と伝達を発見するダンスカンパニーの制作

    ◯外在化された記憶、無数の表現主体を貫く幾種類かの同一性

    ◯物理的大きさと芸術の相互陥入、装飾的身体における言語

    ◯翻訳と写生が、いかに透視図法を組み替え、身体から遊離した化石を見つけ出すか

    ◯不在の環境・生きものらに向けた身体の動かし方、環境の掛け合わせとしての言語

 

 

座談会2 2015/10/17→2015/11/08

  『いぬのせなか座』1号に収録

    ◯ぼくらの時間の尺度を、ぼくらの作業場に限ってまわりと変えてしまうのは

    ◯タッチと空間、読みのコンポジション 俳句が俳句であることを、見るということ

    ◯人間を書き換える場所、メディウムとしてのイメージ

    ◯「新たな距離」としてのレイアウト 詩におけるキャラクター性と法の生成

    ◯テクストをまねる魂 いくつもの生きものが

         ともにばらばらに思考することに便利なひとつの道具をつくる、転生蜂起のための学校

    ◯+の思考、素材を変えた変換の成立 純粋言語へ向けた多宇宙らの営みは、

                                 いかにして技術を伝播しあうのか

 

 

座談会1 2015/05/17→2015/05/31

  ウェブサイトにて公開後、書き直しをへて『いぬのせなか座』1号に再収録

    ◯質的にちがう歴史のあり方

    ◯多宇宙の練習=小説

    ◯大江健三郎の技術

    ◯「私が私であること」を貸し与える

    ◯「遊び場」としての余白

    ◯余白の差異と共同体

    ◯語りと責任

    ◯ねこと告白、読みにおける厚みと不変項

    ◯ねこは貞子のように手前に身を乗り出してくるか