さいしょ

について

おしらせ

ひと

しごと

ざだんかい

333

333

いぬのせなか座

河野聡子『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』をめぐって

神話的世界へ、僕の方法、

そして、僕と異なる方法

悦びと希望を込めて

 

上妻世海

 

 

 

 

2017.08.27

僕がいぬのせなか座を知る最初のきっかけは、彼らが僕が企画した展覧会のイベントに来てくれたことだった。もちろん、なんとなくそれ以前から彼らの名前は知っていたし、ツイッター上で時々見かけたりしていたのだけれど、彼らが何を考え、何を記述してきたかについては全く知らなかった。そして、展覧会期間中にイベントを多数企画していて忙しかったという言い訳はできるけれど、彼らが来展してくれた後も、僕が彼らが記述してきたことを知らないという意味では何も変わらなかった。つまり、僕は最初のキッカケと出会い損ねた。そして、それには理由があったし、それは今となっては良かったと思っている。

 

確かに僕は彼らが来展した後の一連のツイートを見つけていたので、彼らが展覧会に真摯に向き合ってくれたことは分かっていた。だからその時、僕は彼らがしていることをリサーチすることもできたし、すべきだったのかもしれない。しかし、それは僕にとってあくまでもツイートだった。それは嬉しくはあるが重要ではない。僕はメディアの性質やその性質に基づいた僕たちの条件について考えていたので、共同性や次なる制作を生み出すためには、ツイッターやフェイスブックのようなタイムライン型の、流れては忘れられるコミュニケーションメディアは文化形成に向いていないと考えていた。何かを論じたり思考を記述する場合、ある形を束ね、保たせるための形式を踏襲するか、その形式そのものを制作しなければならないと考えていたのだ。もちろん、ちょっとした呟きも個人的にはとてもうれしい。けれど、僕のテーマである「制作と共同性」という価値判断に基づいて考えるなら、テキストとは誰かがふとしたときに(例えば、夜眠れなくて公園を一人で散歩しながら物思いに耽っているときに、あるいは友人と議論して思いついたアイデアを抱えながら家の本棚を眺めているときに何度でも立ち戻り自分なりに加筆し、修正を加えられるよう「場として成立するようなものでなければならないのである。

 

だから、本当の意味で僕が彼らのことを知るようになるのは、その展覧会の後に彼らが『座談会4』という小冊子で僕の試みについて批評してくれたことを通じてだった。その小冊子は鞄に潜ませてどこかに旅行したり、机の上において時々開いてみたり、本棚に並べておくことで何度も立ち戻れる「場」として機能していたし、何より彼らの議論の水準の高さ、熱量は僕を魅惑し、その魅惑によって掘り下げられるだけの十分な奥行とズレを有していた。事実として、僕は何度も彼らの議論を読み、自分なりに整理し、そこに書き加えることで、更に僕の制作を継続することを可能にした。そして、日本語話者であればそれを購入しアクセスすることで、誰でもその議論に立ち戻り、加筆し、変容させうることに喜びを覚えた。それは時間のズレを孕んだ事後的な共同性を生み出すからである。

 

それは単に展覧会に行き感想をツイートするだけとは比べものにならない労力と時間がかけられていた。僕は最初、地元の居酒屋で一人ビールを飲みながらそれを読んでいたのだけれど、感動して涙が出そうになり、読解を一旦中止し身体を震わせながら夜道を一人歩いて帰ったことを今でも鮮明に覚えている。僕はこれまで、コミュニケーション能力を上げるなどの処世術は全く不必要で、ただ自分が向き合うべき制作に真摯であれと主張してきた。それこそが真に遠くの(そして近くの)誰かと事後的に繋がり、制作を継続可能にしていくのだと……。しかし、それは同時に不安と孤独を伴う態度であり、その態度が抱えこむ時間のズレは「いつ、どこで、誰に」繋がるのか言明できない類の代物であった。だから、彼らが『座談会』という形式で非常に濃密な議論を展開してくれたことは、僕の制作を継続可能にしてくれただけでなく、制作は理論だけでなく実践的な水準で、いつかどこかにいる知らない誰かの制作を継続させることができるのだという実例と強い確信を僕に与えてくれたのである。

 

僕は『座談会4』を読みながら、内容においても大きく二つの点で驚いた。第一に彼らが議論する際に用いるレファレンスが、僕が普段参照しているレファレンスと酷似していること、第二に彼らの議論の中核にある概念が僕の概念と近しく、しかし方法論的に異なっていることである(例えば、僕は自律と関係と視点から世界を見るが、彼らはそれらをレイアウトの思想として考えているようである)。仮に僕と彼らが長年議論を積み重ねきた間柄であるのなら、それも納得がいく。しかし、僕は展覧会の時に彼らのことを知ったし、彼らもこの展覧会まで僕のことを知らなかったようである(『座談会4』の中で山本くんは「こんなにも似たような問題意識を持った人がいることに驚いた」といった類の発言をしている)。そして、その類似性は流行の思想を要約したり、紹介することによって生まれたものではなく、現代社会の条件と可能性の中で生成された問題意識が先行してあり、それを分析し展開するためにそれらの思想体系を「場」=「道具」として用いていることから生じている。そのことは僕たちの試みがある種の時代的な要請であることを告げているように思う。そして、その要請に対して何らかの制作的な介入ができる準備が整ってきていることも示しているように思う。つまり、状況を単に分析するだけでなく、その分析に対する方法論を編み出し、どのように実践していくかが重要になってきており、その実践を再度理論へと折り返し、その往還運動を止めることなく継続するための枠組みを制作することが求められているのである。上記の仮説に従い、今回、僕はまず僕自身の方法論について簡単に概要を示すことを通じて、その枠組みから彼らの今回の試みについて考えてみたい。そうすることで、翻って僕が彼らの試みをいかに面白いと感じているかを記述できるのではないかと思っているのだ。

 

さて、僕はその展覧会以前から、「制作と共同体」というテーマを掲げてテキストを書いたりシンポジウムや展覧会を企画したりしてきた。そして僕は、それらを経験するただ中で、「制作」「共同性」「魅惑の形式」「リバースエンジニアリング」「視点の交差と折り返し」「プロトタイプ」「複数の時間の形式とその場所」といった概念を生み出し、それによって時代がもたらす条件を記述し、それに抵抗し、可能性を拡張しようともがいてきた。

 

例えば、「リバースエンジニアリング」という概念は元々工学分野で用いられてきた言葉で、既存の製品から設計書を逆起こしすることを意味している。例えば、お店に行って時計を買い、それを自宅で分解し、一つ一つの部品と各々の部品の関係を詳細に記述することで、別の方法で時計を制作するための場を生み出すことである。その場があるからこそ、僕たちは部品を別のものに入れ替えたり、部品間の関係性を別のものに繋ぎかえるなど、様々な実験を行うことが可能になる。それによって、潜在的可能性は机上の空論ではなく具体的なプロセスとして記述可能になるのだ。つまり、その設計書は固定的なものではなく、なんども立ち寄り、加筆し、修正するための場となり、変容していきながらも足場として機能する。それは過去の僕と、未来の僕を、現在の視点から繋ぎ変える運動であり、非線形で時間的ズレを過剰に含みながら進んでいくのである。

 

また、僕は「リバースエンジニアリング」という方法を、鑑賞するときにも制作するときにも必要なものだと考えている。何故なら、リバースエンジニアリングを上手く実行するためには、単に好き/嫌い、良い/悪い、美しい/醜いといった価値判断に基づいて鑑賞/消費するだけでなく、潜在的な可能性へと潜り込み、観察者や制作者、モノなど様々な視点を往還しながら、複数の要素間の関係性を分析し、名前をつけることで抽象的な場を生成し、変換/操作可能性を作らなければならないからである。その動的な場所から作品を体験することは、もはや鑑賞者と制作者の間の差異がその人の中にある部分的な役割に過ぎないことを意味する。「視点の交差と折り返し」を経由することによって多次元的な分析が可能になるのである。自分が鑑賞者になることで作品の効果や機能と向き合い、制作者として作品と向き合うことでその段階までのプロセスや文脈、背景に焦点を当て、現代美術という制度的な時空間からそのコードとの兼ね合いを見定め、しかしモノの時間から眺めることで固有名を前提とした時空間を解放する。そのような様々な視点を自らの内部構造に導入することは鑑賞することにも分析することにも制作することにも共通する重要な方法であるように思う。

 

 

また、設計書を作る理由は、日本語話者であればそこにアクセスすることができる共同性を建築することでもある。もちろん、それは抽象的な場所だが、ネットが繋がる限り誰でもそこにプラグを差し込むことが出来る。僕だけでなく、誰もがそこを足場として立ち寄ることが可能になる。例えば僕の方法論を誰かが読解し、加筆、修正することで、その共同性は事後的に生じる。また物理的な距離というよりも、好奇心や興味によって接続/非接続する場でもある。つまり、「いつ、どこで、誰に」繋がる/らないかを明記することは不可能である。

 

確かに共同性は時間的なズレを伴う。しかし、この繋がっている誰かというのは、先ほど述べた様に、過去の僕であり未来の僕でもある。そしてそれは、遠い昔に亡くなっている画家であり、未来の哲学者であり、見知らぬ土地に住むサラリーマンでもある。単に生活の中で記号を瞬間的に消費することからは見いだせない様々な可能性に触れながら生きることを可能にする態度でもある。この制作の連鎖は、可能性として、人類が滅亡した後に発生した知的生命体や宇宙人とすらも繋がる。何故なら、共同性とは今ここにいる友人とお酒を飲んだり騒いだりすることで直接的に生じるものではなく、いくつかの媒介(作品やテキストなど)を経由することで、数年、数十年、数百年、数千年といった時間のズレを孕みながら、事後的に存在していたかのように捉えられるものであるからだ(僕とデカルトの共同性、僕とセザンヌの共同性、高校生の頃の僕と現在の僕の共同性のように)。その場所に遠くの(そして近くの)誰かがアクセスし、それを素材の一部として制作することによって、事後的に共同性が生じるのである。つまり、ここでの価値とは<いまここ>で身近な人々から承認されることではなく、いつか、どこかで制作が継続していくことなのである。過去の価値基準に基づいて、何かを承認したり評価することではなく、未来の次なる制作のための継続可能な共同性を生み出すことなのである。過去と未来、遠くと近くを繋ぎ合わせ、ズレを過剰に含む瞬間的な場を生成しつづけることなのだ。

 

僕は、時代を分析する前に、日常生活の中で「スマートフォンやSNSなどの告知ツールの膾炙」、「音楽やデザイン、映像などの制作ツールの廉価化」、「制作を媒介にしたネット上のコミュニケーションの連鎖が現実空間でのイベント展開に繋がっていくプロセス」、「グッズ制作の簡易化、個人化」などの変化を感じとり、時代がもつ要素と視点が編み出す関係性を組み替えることで異なる世界を立ち上げることができると感じていた。そして、そのモヤモヤとした時代状況を分析するために、ベルナール・スティグレールの「象徴の貧困」といった問題系、ミシェル・ウェルベックが描き出している現代社会における人と人のつながりの稀薄さや孤独、彼の言葉で言えば「闘争領域の拡大」、東浩紀の「郵便的不安」や「動物」などを参照しながら、「バラバラになった僕たち」と「画一化されていく僕たち」という二つの問題を見出した。そしてその上で、その問題に対する方法論として、グレアム・ハーマン、ヴィヴェイロス・デ・カストロ、エリー・デューリング、マリリン・ストラザーン、清水高志など、最近の潮流の中で活躍する哲学者や人類学者の影響のもと、思考を記述し書き換える運動を継続可能な仕方で組織化する方法を考えるようになった。

 

その運動は様々な場を媒介にして、また様々な場を生み出していく。例えば、上記の説明から、僕がいぬのせなか座『座談会4』の中で特に検討されていた「リバースエンジニアリング」の更新に影響を受けていることも見て取れるだろう。彼らの試みは僕が何度も立ち寄る場の一つとして機能し、僕によるその場の書き換えが僕の概念を更新し、僕は再度その更新をここに記述することでこのテキストがまたいつかどこかの誰かの無数の更新への場として機能するために書いているのだ。つまり、このテキストはいぬのせなか座についてのものだけでなく、僕の試みの一連の運動の一環でもあるのだ。

 

さて、ここまでの整理で、彼らの今回の試み『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』で用いられている方法、あるいはこのテキストを発表するウェブサイトの更新が如何に興味深いかを示す準備が整っただろう。この詩集に付属している『座談会5』から山本浩貴が今回の試みについて述べている部分を引用する。

 

私らが、河野聡子さんの今回の詩を、いくつもの「ここ」をめぐるもの、さらにはそのような「ここ」らがいくつも相容れないかたちで並べられたときにそれらを相容れないまま同居させるためのレイアウトの論理を試行/思考するものとして読み、ゆえにさらにそれら詩作品を並べ束ねるところの書物のデザインは、〈「ここ」が「ここ」であること〉――複数の相容れない〈私+環境〉らが、土地の座標や魂のように、ある持続を経由しつつ行き交いお互い不確かに従属しあうなかで、具象に還元されない不変項として浮かび上がってくる抽象的かつ共同的な場/日常的行為から抽出される特殊な翻訳関係としての代替エネルギー/単一の「ここ」を多層的で厚みのある交通空間たる「ここ」として成り立たせる何か――を制作操作するための技術にむかう一連の過程を構成していくと同時に、そのような、探索・発達・教育の過程を、十分に支え加速させられるようなグラウンド(運動場?)としても整備されなければならないと、考えていた(考えさせられていた)ことは、確かです。

 

上記のテキストは非常に入り組んだ難解な文体で記述されているので、僕のテキストを読む以前に読もうとした方の中には最後まで読み切れなかった人もいたかもしれない。しかし、ここまでの議論を追ってきたなら、彼らの試みの意図が分かるだろう。彼らは、言うなれば、詩集という作品を出版するだけでなく、その詩集の設計書も同時に発表しているのだ。それは河野さんの詩集を彼ら自身がリバースエンジニアリングすることで、彼女の方法論を事後的に「場」=「道具」として再構成する試みであり、そこを足場に僕たちが彼女の作品をより深く理解できるだけでなく、僕たちの次なる制作にも繋がる共同性を生み出しているのだ。

 

確かに彼らは作品だけを出版するだけでよく、本来的には各人が独自にリバースエンジニアリングするべきだ、という意見もあるかもしれない。しかし、彼らが先陣を切って自らそれを実践すること=作品という過剰な要素と関係を孕んだものから一つの場を束ねる、が故に、翻って河野さんの詩集がもつ過剰性を際立てているのだ。つまり、ここでいう過剰性とは一つの場から複数の場が取り出せることを意味しており、彼らがその一つの場を生成することによって、その他の潜在的に可能な複数の場が開かれ、僕たちはまた各々が複数の場を生み出しうるというスケールフリーな世界の中で生きていることを了解できるのである。そして、僕たちは彼らが作り出した設計書という足場から世界を眺めることで、その複数の要素と関係を独自の束で結びつけること=制作すること=形を生み出す権利を獲得するのだ。言い換えれば、世界は単数だとか複数だと言って、絶対化したり相対化するだけでなく、拡張し、再度折り返すという制作の往還運動を行っているのである。制作とは過去と未来を、遠くと近くをある仕方で形に留める試みであり、それによって限定され、限定されるが故に拡張される往還運動なのである。

 

彼らはこれまで、その試みをいぬのせなか座のメンバー内で繰り返してきた。彼らはある作品やテーマについて議論し、ただ議論するだけでなく、形に留めることで、共同性をその都度生成し、運動を継続してきた。それは彼らの作品は各々が複数である四人によって、その多と多が、ある仕方で関係し、結び付くことで一つの束として形作られてきたことを意味している。それは限定された四人という少数メンバーだからこそ可能だったのかもしれないし、そうでないかもしれない……。

 

だからこそ、僕は彼らから寄稿依頼のメールを受け取ったとき、非常に嬉しく、そして驚いた。何故ならそのメールは、僕が『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』と『座談会5』を経由することで記述可能になった場を記述してほしい、といった内容だったからだ。それはこれまで限られたメンバーの中で行われてきた「制作と共同性」の試みを、より拡張することを意図している。多くの人にとっては作品と設計書を作り出すだけで十分であるように思われるかもしれない。しかし彼らは、自らが生み出した作品と設計書だけでは満足せず、その場が生み出す次なる制作すらも「場」=「道具」として利用可能にしようとしているのである。

 

先ほど申し上げたように、ただでさえ、過剰な何かをリバースエンジニアリングすることは、多から要素と関係を分析し、形を浮き上がらせることである。それは理念上、一つだけでなく、無数の形を取り出すことができる。言い換えれば、彼らは多は多であるという世界の多層性と剥き出しのままに対面し、それと真摯に格闘することで、ある種の形を生み出してきたのである。しかし、今回の試み――その小さな、そして強固な共同性の中に新たに参入するアクターを増殖させること――は、管理不可能なある種のカオスを発生させる危険性を孕んでいる。

 

しかし同時に、それはある種の理想でもある。作品とそれが生み出す複数の場を開くだけでなく、その場の連鎖自体を記述し、利用可能にすることは制作の継続可能性を十二分に高めるだけでなく、創造の歴史を描くことである。それは魅惑の形式の系譜をすべてネットワーキングするという現代の百科全書派的欲望であり、新たな歴史学として参照することができるかもしれない。僕たちは世界を素材としてだけでなく、利用可能な「場」=「道具」としてのネットワークとして見ることができるようになるだろう。

 

さて、これまでの議論を前提に「近代」をある種の装置として解釈すると、次のように定義できるかもしれない。それは、「近代」とは多は多であるというカオスを避けるためにそれを一において抑圧することで、「自然」を便利で使い勝手の良いもの(社会)に変換する装置であるというものである。そう考えると、彼らの営みは一で多を抑えるのではない方法、別の異なる方法、つまり、多と多を制作を媒介にすることで、多から一を、一から多を引き出す、いわば限定と拡張を往還する運動を継続し、その無数の「場」=「道具」を繋ぎ合わせるという方法である。それは僕が抱く「情報技術によって近代に抑圧された神話的世界を再度甦らせる」というヴィジョンへの一つの解答、方法であると考えられる。確かに彼ら以外の人たちが、ある場から生成されるあらゆる制作を引き受け、その生成の系譜をアーカイブするという営みを行うなら、大きなカオスを導いたかもしれない。しかし、彼らのように、日常的に、偏在的に繋がっているネットワークを利用し、単に消費的なコミュニケーションを継続させるのではなく、グーグルドキュメントで議論を行い、編集し、書き換えてきた人たちは、もしかすると、その試みを僕も未だ知らない仕方でなし遂げるかもしれない。一から多が生まれ、多から一が生まれる。その間には制作がある。ただ拡散するだけでなく、限定しつつ拡張し、拡張しつつ限定する。しかも、それを限定したメンバーだけでなく、無数の人たちの間で行うこと。それは宇宙の生成と消滅を生み出すような壮大な試みであり、彼らがこの難題と如何に向き合いどのような方法を生み出すのか、このテキストはそこへの希望が込められている。そして、もしそれが成功した暁には、僕はこれこそが文化のきたるべきあり方の一つではないかと、心躍らせているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上妻世海(こうづま・せかい)

文筆家/キュレーター。1989年生まれ。

主な論考に

芸術作品における「魅惑の形式」試論』(artscape 2016年10月15日号)

『制作の共同体へ』(美術手帖 2016年12月号)

消費から参加へ、そして制作へ』(エクリ)

時間の形式、その制作と方法 - 田中功起作品とテキストから考える』(エクリ)

主なキュレーションは

「世界制作のプロトタイプ」展(HIGURE 17 -15cas 2015)

「Malformed Objects 無数の身体のためのブリコラージュ」(山本現代 2017)