いぬのせなか座叢書 第二弾

河野聡子

地上で起きた出来事はぜんぶここからみている

2017年7月17日発行

判型:182mm×182mm 106ページ 本文2色刷り

定価:2000円

編集・デザイン:山本浩貴+h

 

栞=小冊子:いぬのせなか座 座談会5 2017/05/21→2017/07/02

      『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』をめぐって

      判型:175mm×155mm

      28ページ(40000字)

 

 

 

 

 

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このさき、太陽の熱から、空気中の水素から、豚のおならから、風や海から、物質の核から、魔法のようにエネルギーをとりだす技術がまた、新しくあらわれる。そうかもしれない。それとも私はこの身体が所属する空間すべてになんらかの力をみつけだし、使う方法を考えるのでしょうか。電気が最初に見出されたとき、それはとても小さい、人が使えないような形でしか存在しない力でした。これからお話しすることはいわばオモチャの発電所のお話です。オモチャのエネルギー、わたしの手に届く場所にあるオモチャの力のお話です。   「代替エネルギー推進デモ」より

小冊子 目次:詩(集)にとってデザイン/レイアウトとは何か?●「ここ」に降り注ぐ過剰なままの従属と、〈見ること〉のチューニングによる共同体●全体の多元化可能性 統合はどこにあり、あるいはどのように裂かれているのか?●全体性=《みんな》と個別の〈私が私であること〉の衝突●詩における物質性とパースペクティヴィズム●舞台−出演者−観客が形づくるヒト・モノ間の翻訳関係

詩を中心に言語作品の多様なあり方を探求し、パフォーマンスやインスタレーションの制作、他ジャンルのアーティストを巻き込んだプロジェクトの実施のほか、絵のないマンガ雑誌『トルタのマンガ』や、国語教科書のパロディ『トルタの国語』シリーズ、97人の詩人が参加したアンソロジー詩集『現代詩100周年』の刊行など、多彩な活動を展開しているヴァーバル・アート・ユニット「TOLTA」。

その代表である河野聡子による詩=テキストを、山本浩貴+h(いぬのせなか座)が編集・デザインするかたちで制作された本詩集『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』は、書物を作る過程・読まれる過程を通じて、新たな共同制作の技術や場の生成、伝達を試みるシリーズ「いぬのせなか座叢書」の第二弾として計画された。

 

〈五時のアフリカ〉のライオンやサイやシマウマが〈五時のスーパー〉の私を駆け抜けていく「紙飛行機」、東日本大震災直後にアンスティチュ・フランセ東京にて〈上演〉された大作「代替エネルギー推進デモ」、あらゆるものがみかん変換を起こす宇宙からナワトル語をつぶやく私が脱出する物語「Cītlallohtihca(星々のあいだに立つ)」、異なる生き物どうしが異なる生の時間を経て相互に変身しあう「クマの森」、地獄から地上を見つめる自殺した人々の視線を描く「アンダーグラウンド・テレビジョン」など、全17作を収録。

 

さらに、付属する栞小冊子には、いぬのせなか座メンバーによる『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』をめぐる座談会が掲載。詩のテキストの細密分析をベースに、時に編集・デザインの制作意図の開陳とその有効性の検証もはさみつつ、制作における〈私〉と作品の関係や、詩にとってデザインとは何か、全体主義の問題、人類学の議論を参照した新たな詩論の試みなど、多方面に渡って濃密に行われた約40日、4万字に及ぶ議論が、「本詩集を道具・実験場として行われる共同的思考の一例」として提示される。

 

言葉はいかにして周囲の言葉や余白と交わり、時間・空間・身体を表現するのか。詩はパフォーマンスや演劇やデザインとどのように接続するのか。人・生き物・物たちは、死者からの視線に満ちたこの地上で、どのように関わり、生を歩ませあい、そして世界を見つめるのか。

「ここ」とは、私とは、はたしてどこに、いくつあるのか――。

 

言葉とデザインの対等な混じりあいが展開される紙面=見開きをいくつも経ていくなかで、新たな〈共同性〉が、書物の手前側に生きる私の振る舞いとして、積もっていく。

各誌掲載情報

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紙飛行機

歩く人

クマの森

専用

一八〇秒

アレンジメント/シンポジウム

生物

替エネルギー推進デモ

ンダリン・コスモロジー

マンダリン・コスモロジー

ハロー

ブルーブック

Cītlallohtihca(星々のあいだに立つ)

星ぼしのあいだに立つ

ハンド

アンダーグラウンド・テレビジョン

とおくから星がふる

 

もくじ

もくじ

各誌掲載情報:

  「大波小波」『東京新聞』2017年8月2日夕刊

――《言葉の前衛アート集団、TOLTAの代表者で詩人の河野聡子の新詩集『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』(いぬのせなか座叢書(そうしょ)2)は、言葉とデザインが主張し合うユニークな作品だ。〔…〕圧巻は終章の「地上」。〔…〕今までの作品は、すべて死者からの視点だったのかと軽い目眩を覚える。》《分厚い栞はデザインを手がけたいぬのせなか座の座談会で、「言語表現は、紙の上に並べられた活字(+線、色、図形)に還元されるものではなく、それを用いて行なわれる共同の制作の営み」との、まっとうだが軽視されがちな意見が頼もしい。ありそうでない、文芸表現の新たな可能性が詰まった詩集である。》

 

  「川口晴美の「詩の月評」」『東京新聞』2017年8月5日夕刊

――《河野聡子の新詩集『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』(いぬのせなか座)も、極めてユニークだ。本自体がアートであるようなかっこいい装幀。大胆にデザインされたページ上を生き生きと流れる言葉が読者まで届く。3・11後に書かれ、パフォーマンスとして上演したという連作「代替エネルギー推進デモ」は、人の様々な動作をエネルギー源にするべくとらえ直す視線が切実で、それゆえ可笑しく、苦い。その他の詩篇もSF的な趣のなかに不思議な抒情性を漂わせる。本を開くところから始まる詩の空間の広がりを、体験するように読んだ。》


  「大崎清夏・選:からだを使って読む本」ちくまweb、2017年8月23日

――《この詩集は、もっと新しい身体=ことばの使い方も提案していて、各ページに配された色やかたちが、ことばと一緒にページの隅っこへ出かけたり、好きな場所でジャンプしたりする。原発事故を契機として書かれた「代替エネルギー推進デモ」という長い詩を読んでいるあいだは、ページは停電の続く家のように、真っ黒になる。色やかたちは、ことばと共鳴したり、不協和音を奏でたりしながら、生活のなかで感じる音や光のように、また無音や暗闇のように、身体に差しこんでくる。》

 

  時里二郎「詩書月評」『現代詩手帖』2017年9月号

――《これまで採り上げてきた詩人たちの方法とははっきりと一線を画している。〔…〕詩集のなかではやはり「代替エネルギー推進デモ」が群を抜いておもしろいのだが、これらのパートの文体も、さらにより基本的な翻訳文体でできあがっている。言葉の持つ意味作用を手放さず、意味が連鎖して起こる言葉の理路を、詩を動かすエネルギーに据えている。従って、言葉の理路の骨組みが重要な要素となるために、いきおい詩は構造的になる。書くのではなく制作すると言ったのはそのためだ。(むろん、詩集の造本も詩の制作の重要なプロセスにふくまれる。)〔…〕「代替エネルギー推進デモ」は、日本のエネルギー事情の混乱を揶揄した作品ではむろんないだろう。評者は、これを日本の詩の言葉についての意味深い考察として読んだ。〔…〕この一篇には、日本の近現代詩(の言葉)が試みてきた涙ぐましくも果敢な来歴がなぞられているように思われるのだが、妙な読み方だろうか。》

 

Twitterを初め、Webなどでいただいたご感想は以下をご参照下さい。

河野聡子『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』に関するツイートまとめ(随時更新)

刊行記念イベント開催

第17回 Support Your Local Poet Meeting いぬのせなか座

「詩は、なんでこんな格好をしているのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詳しくはこちら

        →終了しました。ご来場いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。

 

日時:2017年8月25日(金)19:00-21:00(開場18:30)

会場:スパイラル9F「スパイラルルーム」

出演:いぬのせなか座(鈴木一平、なまけ、山本浩貴+h)、河野聡子

料金:1,500円

定員:40名

主催:オブラート

協力:スパイラルスコレー

会場アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道駅」B1出口前。もしくはB3出口より渋谷方向へ1分。

       http://www.spiral.co.jp/a_map/

 

【ご予約】

info@oblaat.jp までご氏名をお知らせください。 いぬのせなか座の回ご希望の旨明記をお願いします。

 

 

 マラルメやゴムリンガー、新国誠一や北園克衛をはじめ、最近では吉増剛造や最果タヒなど、古今東西さまざまな詩人たちが、言葉をふしぎなかたちに並べ紙面をデザインしてきた。

 彼らの試みは視覚詩や具体詩、タイポグラフィなどと呼ばれ、詩の本筋からいくらか外れたもののように捉えられがちだ。でも、詩というものがどのように書かれていくか、その現場を考えてみると、ふつうの改行詩はもちろん、文章を書くことそのものが、言葉と言葉をどう並べつないでいくかの試行錯誤として見えてくる。

 もしかしたら詩は、言葉を、思考を、経験をレイアウトしていく芸術と言えるのかもしれない。

 昨年から今年にかけて、特殊な編集・デザインでそれぞれ刊行された、河野聡子と鈴木一平の2冊の詩集。その制作・発行元であるグループ「いぬのせなか座」が、「TOLTA」代表の河野聡子との対話やパフォーマンスを通して、いまあらためて、詩との新しい(本当の?)接し方を、考えてみる。